Masukその日の午後。 王都アランクルスの遊園地にトウマたちは遊びに来ていた。 ウミとアイギスがフリーパスポートを入手したからである。一枚の券につき、20人が入場できるようだ。 スターリーピュアランドである。 ジェットコースターが勢いよく縦に回転している光景があった。客たちが黄色い歓声を上げている。その奥には大きなピンク色の観覧車があり、ゆっくりと動いていた。空中では大きな海賊船がスイングしている。全て魔導具製のようだ。ファストフードやポップコーンを売っている店もある。敷地は広大であり、夢の国のような光景が広がっている。プレイヤーの客がたくさんいて、お菓子を食べ歩きしている。カップル連れも多かった。頭に動物の耳を模したカチューシャをつけている者もいる。人々の表情はウキウキとしており、何とも賑やかだ。リスの着ぐるみを着たスタッフが掃除をしている。客たちのゴミを集めたり、ポイ捨てされたゴミを一生懸命にちりとりに集めたりしている。腕でオデコの部分をさすり、疲れたように吐息していた。清掃員と書かれた腕章をはめている。:今日は遊園地配信ですね。:この遊園地、入場料が馬鹿高いんだよな。:現実のハムスター王国よりもアトラクションにはスリルがあるぞw ドンと音がした。 ――遊園地クエスト、スタンプラリーを全部埋める 入場すると、一つのベンチのそばでトウマたちは立ち止まった。トウマがメンバーに声をかける。「みんな、この遊園地もゲームの攻略要素だと思う。心してかかってくれ」「わあー、凄いですぅ。楽しそうですぅ」 ウミが両手を広げている。アトラクションを眺めて目をキラキラとさせていた。 みんなの頬が嬉しそうに緩んでいた。 トウマはあごを手で撫でる。(まあ、少しぐらい遊んでもいいが) ウミがアイギスの手を握る。もう片方の手でジェットコースターを指さした。「アイちゃん、私、あれに乗ってみたいですぅ」「僕も乗りたい」「行くですぅ!」「うん」「きゃる
新宿の中華レストラン、名前は朋来だった。 駅からほど近いお店だった。中は広々としており、小綺麗である。黒いテーブルと椅子が等間隔に並べられている。天井からは中国提灯がぶら下がっていた。大きなガラス窓からは道を行き交う人々を眺めることができた。十時であり、お客さんの入りはまだ少ない。中華料理を炒める音と、その香ばしい匂いが漂っていた。 真帆たちが到着すると、すでに船津は来ていた。テーブルの奥に座っている。ダークグレーのスーツ姿だ。真帆が右手を上げて会釈をすると、船津は立ち上がった。身体の線が細く、背筋はすらっとしている。だけどユウマよりも背が低い。 真帆とユウマは近づき、彼女が挨拶をした。「お久しぶりです。先生」「よく来てくれました。真帆さんと、その旦那さん。真帆さん、お久しぶりですね」 ユウマが頭を下げた。カジュアルなポロシャツを着ている。「ユウマと言います」「貴方がユウマさんですか。真帆さんの口から、ユウマさんの名前は何度も聞いていますよ。診察中にね」「そうでしたか」 ユウマは照れくさそうに頬を赤らめて、真帆をちらりと見る。 真帆は少し恥ずかしくなって、まぎらわすように微笑した。 船津が左手を伸ばして席を勧める。「立ち話もなんです。どうぞ、座ってください」「「ありがとうございます」」 船津の対面にユウマが座る。旦那の隣に真帆は腰掛けた。 すぐに店員が水コップを運んできた。外国語なまりのある日本語で「メニューがお決まりになりましたら、呼び出しベルを押してください」と言った。礼をして去って行く。 船津がテーブルに両手をつけたまま指を合わせて、口を開いた。「まず、入籍おめでとうございます、と言っておこうかな」「ありがとうございます」 真帆は喜色満面で頷く。ユウマも感謝を述べた。「それで、真帆さん。その後の身体の調子はいかがですか?」「特に変わったことはないです」「それは良かった。数年前は
翌日の早朝。 電話の音で真帆は目を覚ます。隣にはまだ眠っているユウマの気配があった。 カーテンの向こうはまだほの暗い。 けだるい眠気をそのままに、彼女は枕元のスマホを手に取る。 母からだった。(何かしら?) 通話マークを指で滑らせる。スマホを耳に当てた。「もしもし?」「もしもし、真帆か? 朝早くからごめんね」 聞き慣れた母親の声だった。苦労を重ねたせいで声が少ししわがれている。けれど、今はその声が一段と弱っているように響いた。 真帆はベッドに女の子座りをする。「どうしたの?」「実はね、相談があるんだけれど、いま、大丈夫かい?」「大丈夫だけれど、何? ふわあ」 思わずあくびが一つ出た。 母親は大切なことを伝えようとしているようで、声を絞り出すように説明した。「困ったことになってね。昨年、お父さんが、高梨さんにけがをさせただろう?」 緊張で心臓が跳ねた。 まさか、(賠償金のことなの?) 眠気にまどろんでいた頭が一気に冷えていく。「……うん」「実はね。高梨さん、京都の大病院で脳の再生医療を受けることになったんだと。……それがとっても難しい治療みたいでね。お母さんもよく分からないんだども、自由診療らしいんさ。だから、いっぱいお金がかかるんだって」「うん」「それでね。うちにはまだ、一千万円近くの支払い義務があるだろ?」「うん」「……高梨さんのご両親が、今すぐ払って欲しいって、言ってきてるんだわ」「……そっか」「こんなことあんたに相談しても、あんたを困らせるだけなのは分かってるんだ。あんたは今、ユウマちゃんと入籍したばかりで、おめでたい時期だからね。本当はこんな事を伝えるのも、すごく心苦しいんだ。だけど……秘密にしておく訳にもいかないだろ?」「そうね」「……はあ! 本当に困ったもんさ。真帆、いまお金あるかい?」 真帆は言うのをためらった。「……無いわ」「そうだよねえ。とにかく、そう言うことになったんだわ。お金の方は何とか色々と、お母さんたちで工面の当てを探してみるさ。……真帆、お前は心配せずに、ユウマちゃんと幸せに暮らしてね。とにかく、そういうことだから」「お母さんは元気なの?」「元気? あっはは。元気っちゃあ元気だよ。だけどこの頃は、いま言ったことで頭が痛いよ」「お父さんは?」「お父さんは相変わらず、
その夜。 グラスオース号は王都アランクルスの近海に停泊していた。 ウミとアイギスが出港させたのである。 空には黄色い三日月が浮かんでいる。まるで弓のような形だとウミは思った。ちぎれちぎれの薄い雲が流れている。ちぎれた綿菓子みたいだ。黒い海を、月明かりだけがほんのりと照らしていた。時折魚がぴちと跳ねて、ちゃぷんと音を立てている。七月の夜風は少しだけ冷たかった。空気は潮の香りに満ちている。 ウミとアイギスは今、釣りをしていた。この十数日の間にギルドメンバーの全員が釣りシステムを開放させている。 キャルル丸もいて、興味津々に見つめていた。 トビウオのHPを回復させるためだった。何でも、HPが全回復すると素敵なプレゼントをくれるらしい。なので、ウミとアイギスは毎晩、二時間だけ釣りをすることにしていた。 ちなみに、NPCの操舵士のおやじさんは24時間営業である。 トビウオはキャルル丸の足元で丸くなっていた。 配信はしていない。 いま、ウミの木の棒がキュッとしなる。両手がぐぐぐと重くなった。 ドキンと胸が高鳴った。(やったですぅ!)「アイちゃん、来ました!」「本当?」「これは大きいですぅ」「すごい!」「きゃるるぅっ」 ウミが木の棒に糸を一生懸命に巻く。やがて海から魚が顔を出した。ウミは夜目が利いた。うっすらとピンク色がかった大きな魚である。 ウミの右手首には腕力の腕輪がはまっている。魚をぐいぐいと引き上げた。やがて、釣り上げられた魚を両手で握る。魚がぴちぴちとしなった。アイギスとキャルル丸が目を丸くしていた。 強く握られすぎているせいか、魚は困った顔をしている。 ウミがニカッと笑い、口からチャーミングな八重歯を覗かせた。「やりました! 大物ですぅ!」「ウミちゃん、それ大きい」「きゃるるぅっ」 キャルル丸が嬉しそうに頬を緩めて、舌で口をべろりと舐めた。「えへへー」
カーペットも、カーテンやベッドの布団、枕カバーまでピンク色だった。 真帆は昔からピンクが大好きだった。 扉のそばにはプラスチックのタンスが三つ。その隣にはコンパクトな物干しが四つある。オシャレのためのスタンドミラーも備えた。ユウマが勉強するための小さな学習机と椅子も買った。 よーし、(素敵な部屋になったわね) この間、ホームセンターからピンク色の日々草を買ってきた。いま、ベランダのプランターに三つ植えてある。春から秋まで咲いてくれる花持ちの良い花であり、ユウマと二人で選んだのだった。可憐な花が夜風にそよそよと揺れている。 あれから、十数日が経過していた。 無事にアパートを借りることに成功し、入籍もした。 その際、二人の両親には電話で報告をした。今度、親族顔合わせをすることになっている。日取りはまだ決まっていない。 ゲーム内では、真帆たちは王都アランクルスに到着している。バフ料理や服を、作っては売る作業に明け暮れている。ウミを取り戻すために使い果たしたヴァルをまた貯めるためだった。いま、だいぶ貯まってきていた。 本当は、料理や釣り、爆弾や服の制作など、隠されたシステム情報を売ればぼろ儲けできる。 だが、それをすることをユウマはメンバーに禁じていた。システム情報を売るということは、料理や服を売って稼いでいるプレイヤーからすれば営業妨害である。実行すれば、グラスオースは迷惑ギルドのレッテルを貼られかねない。 いま、真帆はアパートのキッチンで夕食を作っていた。横長のキッチンであり広々としている。片栗粉をまぶした豚肉を焼いており、焼け具合を見て、混ぜ合わせておいた調味料をかける。生姜焼きがすぐに出来上がった。スプーンでタレを味見する。(うん、こんな感じね)「ふんふんふん」 自然と鼻歌を口ずさんでいる。 良い気分だわ。 ユウマは部屋でのんびりとくつろいでいる。 真帆はだし巻き卵も焼いた。明日の朝の分も多めに作る。 トマトとキュウリを切って、レタスを千切る
ウミがこちらによたよたと走って来ていた。表情がぐしゃぐしゃに崩れている。 トウマが地面に膝をついて両手を開く。「ウミィイ!」「ご主人様ぁぁああ!」 瞬間、アイギスが横から飛び出した。ウミの身体をかっさらって、二人で地面に倒れる。「ウミちゃあぁぁああん!」「あ、アイちゃん!?」 ウミが驚いたように目を見開いた。 アイギスのモフモフとした尻尾が激しくぶんぶんと揺れていた。ウミの胸に顔をこすりつけて泣き叫ぶ。「ウミちゃあぁぁぁぁああああん!」「あ、アイちゃん、会いたかったですよぉ!」「ウミちゃんがいないとダメだもん! 僕、もう耐えられないもん!」「大丈夫ですよ、アイちゃん。ウミは、ウミはここにいますですよ?」 ウミがあやすように声をかけた。背中をさすってあげる。 アイギスが身体を巻き付かせる。「ずっと、ずっと、会いたかったんだもん」「私も、アイちゃんに会いたかったですよ」「いっぱい、いっぱい甘えないと、気が済まないもん!」「あはは。いっぱい甘えていいですよ」「ウミちゃあぁぁああん!」「よしよし、アイちゃん、よしよし」 アイギスの頭をウミが一生懸命に撫でている。 ジャンクアイランドの木々の開けた地面の上だった。空からは太陽の光が照らしている。いま西日になってきていた。涼やかな風が吹いて木の葉がさらさらと音を立てている。だけど乗り物や使い魔の死骸の山の景色は、あまり気持ちの良いものではなかった。配信不可エリアであり、ドローンは無い。 トウマは両手を開いたまま、ちょっと肩透かしをくらった気分だった。目の前ではアイギスとウミが再会の喜びを分かち合っている。 トウマは両手を下ろして立ち上がった。ふうとため息をつく。ベルフラウがトウマの隣に並び、むふと笑った。意味ありげにウインクする。 トウマは腕組みをしつつ、アイギスとウミの様子を見守った。 アイギスは尻尾の振動がお
ゴーレムを倒し終えると、ノーファンの村へと二人は転移した。 辺りには木造りの民家が立ち並んでいる。遠くを見ると森や山があった。地面は土。その道路で、トウマとウミは隣り合って佇んでいた。 「普通の村だな」「そのようですね」「とりあえず、狩り場に行くついでに、村を見て回ってみるか」「はぁい!」 二人で並んで歩き出す。 すぐに他プレイヤーの姿があった。 横切っていく通行人。その顔色は明らかに沈んでいた。他にも座り込んでいる女性がいた。壁にもたれかかっている男。空を見上げている魔法使いふう。誰もが死んだ魚のような目をしている。 異変に気づいたウミが声をひそめてつぶやく。不安に揺れ
ロッジのような一室。木造りの天井と丸太で出来た壁。そこのベッドにユウマは腰掛けていた。 ここがゲームの中らしい。 顔の前にはステータス画面のような半透明の青いボードが浮かんでいる。 システム音声が響いた。 「プレイヤー様。VALORIUMオンラインの世界へようこそ!」 「あ、はい」 「まず、プレイヤー名を決めてください」 「トウマで頼む」 彼の本名は冬野悠馬である。 「トウマ、その名前は使用できます」 「良かった」 「次にゲーム内職業を選んでください」 画面には様々な種類のジョブが並んだ。 そして右上には特別コード入力の文字。そこをタップして、暗記し
それは、どこにでもある小さな“シアワセ”だった。 朝。寝息を立てているユウマの肩に、妻が優しく手を置く。 「ユウマ、起きて起きて」「むにゃむにゃ、もっと寝てたい」「駄目。会社に行く時間よ」「ぐぐー、ん、朝?」 瞳を開く。目の前には妻の優しい笑顔があった。ユウマはダブルベッドから上半身を起こし、右手を口元に掲げて大あくびをする。 「ふわあ」「あら、大きなあくびですこと」「朝食は?」「出来ています。着替えて、ダイニングへ来てくださいな」「ああ、分かった」 クスッと笑って妻が部屋を出て行く。スリッパの足音が遠ざかって行った。 ユウマはベッドから出て支度をする。ワイシャ
ログネストの玄関は広い空間になっている。背の高い天井。タイル敷きの綺麗な床。 しかし、空気は息苦しいほど重かった。 今も、通路からドリンクを汲みに来た利用客がある。ちらりと振り返ると、寝ていないような疲れた顔をしていた。 ふと隣には男性店員に連れられた太り気味の客がやってきた。太り気味の客は男性店員に頭を下げて大声を出す。 「待ってください! あと五時間、五時間プレイできれば、ヴァルを払えそうなんです!」「お客様、すでに退室の時間でございます」 (……ヴァル?) 背中に鳥肌が立つのを感じながらユウマはカウンターに向き直る。 茶色い受付台を挟んで、ユウマの前には女性店員が立って







